犬を飼ふ

句集に、読みながら○を付ける人がよくある。あれができない。本に書き込みを入れるのが性に合わないのだ。やってみたことはあるが、すぐにやめた。
　近頃になって、○を書き込む代わりに付箋を貼れば良いのだと気がついた。現在、実験中。最近寄贈を受けた三冊の句集に付箋を貼ってみた結果を以下に記す。

『森は聖堂』（花谷清）
　　はつ夏へ突く撞球のカスケード
　　複写機のオゾン匂えり九月尽
　　仮説また孵化する正午ネーター忌
　　水蜜桃の全きまでの擬対称
　　ぶらんこの振動数になっている
　　水の輪に萍の輪の従えり
　　ゴスペルはカタルシスですクリスマス
　　定説の一角崩し卒業す

『ｊｕｎｋ＿ｗａｒｄｓ＠』（わたなべじゅんこ）
　　未練などないなら笑え冷蔵庫
　　会いたけりゃ電話するでしょラ・フランス
　　おじいちゃんの癖は砥石に春の水
　　妹のそれでに答える暖炉の火
　　地上では∞する人冬うらら
　　校内をいっせいに走る福娘

『我が時代』（筑紫磐井）
　　色を変えて二種類の付箋を貼った。まず一種類目。
　　二学期の顔も知らない女の子
　　傑作な落書きゆゑに立たされし
　　理科クラブちつとも鳴らぬラヂオなり
　　ゐたかなあ不思議な顔の子が隣
　　蝉の鳴くやうな生徒をつまみだせ
　　十代は綺麗といはず遠きのみ
　　転校はむごたらしくて素敵な子
　　そばかすは神のいぢわる十五歳
　　悪い子がいい子をいぢめ水遊び
　　二学期に知らぬ先生が教へてゐる

これらの句に、
　　美少女がをとつひ来なとあかんべえ
を加えて、巻頭の
　　阿部定にしぐれ花やぐ昭和かな
を最後に置くと、多少巻頭句の雰囲気が変わるなと思った次第。

次に二種目。
　　アメリカは悪魔のやうに花は実に
　　舌まつか嘘つき妻がかき氷
　　犬を飼ふ　飼ふたびに死ぬ　犬を飼ふ
　　虚子がしみじみ好きな少女に逢ふはかなし
　　さまざまな詭弁を愛し大著とす
　　サムシングが足りぬと言はれさう思ふ

　さて、付箋を外してしまえば、どれを選んだかすぐに忘れてしまうだろう。もう一度付箋を貼ったときに、以前とどう変わっているかが結構楽しそうだ。案外、自己省察の助けになるかも知れない。